OpenAIは8月1日、開発中の次期主力モデル「Astra」の内部バージョンが、高次元幾何学や暗号理論など複数分野にわたり10年以上進展のなかった未解決問題10件に取り組んだ成果を公式ブログで公表した。5月に発表したErdős単位距離予想の反証に続く取り組みで、今回は球充填の新しい上界、格子暗号に関わる最近ベクトル問題の困難性証明、Connesの剛性予想の反証、Erdős問題183・146・180の解決などが含まれる。
結果はすべて、Astraの内部バージョンが生成した数学的な論証をもとに、人間が論文の形に整え、同じモデルがLeanによる形式的な証明(証明支援系での検証)を作成するという手順で得られた。10問すべての解を見つけるのに要したトークン量は、Sol APIの料金換算でおよそ2,000ドル相当だとしている。各問題についてモデルが思考過程を言語化した「ナラティブ」も合わせて公開された。今回の取り組みは、7月末に発表した無償プログラム「ChatGPT for Academic Researchers」を通じて研究者10万人に最良のモデルへのアクセスを広げる方針とも軌を一にしている。
球充填からRamsey数まで、10年単位で止まっていた問題に横断的に成果
公表された10件は、高次元球充填の新しい上界、任意の最小距離での2元・球面符号のサイズに関する指数関数的な改善、非ソフィック群の存在を示す構成(群論の中心的な未解決問題)、Connesの剛性予想の反証、算術回路の順列計算に関する新しい下界(n4/log nのオーダーの算術式下界を含む)、量子並列反復定理、格子暗号の基礎となる最近ベクトル問題の多項式因子困難性、Ehrhartの体積予想の解決、多色三角形Ramsey数の超指数下界(Erdős問題183の解決)、極値グラフ理論のErdős問題146・180の解決、と幅広い分野にまたがる。いずれも各分野のコミュニティで長年主要な結果の進展がなかった問題だとOpenAIは説明している。最近ベクトル問題は耐量子暗号の安全性評価に直結するテーマで、暗号分野への実務的な影響も見込まれる。
5月に公表したErdős単位距離予想の反証は、その後も他の研究者による追加の成果を複数生んだといい、OpenAIは今回のブログで関連する5本の論文を脚注として挙げている。AIが提示した結果が人間の数学者による検証・発展の起点になっている点を、今回の取り組みの妥当性を示す材料として位置づけている。
「人間の著作とは主張しない」——数学コミュニティへの説明責任
OpenAIは、AIが生成した証明を人間の著作として発表することは「システムの貢献と人間の知的営為の両方を誤って伝える」ことになるとして、結果の生成主体はAIシステムであり、論文化とLeanでの形式化における人間の関与、そして正しさへの責任はOpenAI側にあると明確に区別して説明している。数学とAIの関係をめぐる懸念を表明してきた「Leiden宣言」の署名者への理解も示した上で、今回の結果を出発点に数学コミュニティが検証・発展させることを期待するとしている。Astra自体はまだ正式発表前のモデルで、今回の成果は開発過程での評価の一環として位置づけられている。
10件の未解決問題は、いずれも専門分野のコミュニティで長年ほとんど進展がなかった難問であり、通常であれば専門の研究者が年単位で取り組む対象とされてきた。それを合計約2,000ドル相当の計算コストで、論文化とLeanでの形式検証まで含めて仕上げた点は、コストの桁が従来の研究プロセスと大きく異なることを示している。一方でOpenAIは、モデルが出した論証を人間が最終的に論文へ整え、正しさの責任を負ったことを明記しており、成果の公表は自動化の完了ではなく人間の関与を前提にした手順として説明されている。
対象となった10問は、高次元幾何学・符号理論・群論・作用素環論・量子計算量・格子暗号・極値組合せ論という互いに独立した専門分野にまたがっている。単一の分野に強みが偏った結果ではなく、幅広い数学の基礎分野で横断的に成果を出せている点を、OpenAIは今回の発表で強調している。特に最近ベクトル問題の困難性証明は、量子コンピュータの実用化後も安全性を保てるとされる耐量子暗号方式の理論的な裏付けに関わるテーマで、数学的な興味にとどまらず情報セキュリティの実務にも波及しうる結果として位置づけられる。次期主力モデルの正式発表がいつになるかは明らかにされていないが、今回の内部評価はその実力を示す先行事例として位置づけられそうだ。OpenAIは今後も開発中モデルの評価過程で未解決問題に取り組み、結果が得られ次第、随時公開していく方針を示している。5月のErdős単位距離予想の反証も、当初は未公開モデルの評価中に偶然得られた副産物だったといい、今回の10件はそれを踏まえて意図的に難問へ取り組ませた結果だという違いがあり、評価対象を偶発的な発見から計画的かつ組織的な検証へと広げた形になる。




