OpenAIは9月21日、数学とAIの関係を扱う独立諮問委員会「Advisory Group on Mathematics and Artificial Intelligence」の設立を発表した。同社によると、8月28日から訓練を始めた社内の新型モデルは、ミレニアム懸賞問題のひとつであるナビエ・ストークス方程式の解の存在と滑らかさの問題を含め、数学の主要分野にまたがる100件以上の未解決問題をすでに解いているという。
諮問委員会は米プリンストンの高等研究所(IAS)を拠点とし、初期メンバーにはIASのエドワード・ウィッテン氏、コレージュ・ド・フランスのティモシー・ガワーズ氏、EPFLのマルティン・ハイラー氏、スタンフォード大のラヴィ・ヴァキル氏ら9人が名を連ねる。委員会はOpenAIから独立して運営され、報酬は支払われない。求められていない助言や同社への批判も自由に公表でき、研究成果の重要性評価や発表方法の調整、学術的な作法についての助言を担う一方、社内の研究開発のペース配分そのものには関与しないとされる。また数学者自身の研究や教育を支援するツール開発についても助言する役割を担うとしており、OpenAIは研究者が使い慣れた道具としてこれらの能力を展開したい考えを示している。別の発表文では、数学分野でのこの急速な進展を、社内の研究開発を自動化する「AI研究者」構想を裏付ける実例としても位置づけている。
ナビエ・ストークス発表をめぐる先取権論争
今回の設立の背景には、9月8日に公表した「ナビエ・ストークス方程式の解」の発表を発端とする混乱がある。OpenAIは約1万体のAIエージェントを並行稼働させ、約88時間かけて証明を生成したと説明した。証明に使われたのは、9月時点の主力モデル「GPT-6 Astra」よりもさらに高性能な次世代モデルだという。OpenAIは100万ドルの懸賞金は請求しない方針を示しており、この結果は第三者による検証をまだ経ていない。さらに、同じ問題に約1年取り組んでいたニューヨーク大学のトリスタン・バックマン氏と、Anthropicに所属する数学者レヴェント・アルペーチ氏が8月15日に独自の進展を得ていたと主張し、OpenAIの発表の手法をめぐって批判が上がった。
フィールズ賞受賞者25人が署名した公開書簡
混乱はさらに広がった。9月11日には25人のフィールズ賞受賞者が連名で声明「A Severe Misalignment of AI in Mathematics(数学におけるAIの重大な不整合)」を発表し、9月16日時点で署名者は7,200人を超えた。署名者には整数論で知られるテレンス・タオ氏も名を連ねている。声明は、数学が単に正しい答えを積み上げる営みではなく、理解を次世代に伝達する営みだと位置づけたうえで、成果がしばしば十分な論文化の時間を確保しないまま拙速に発表される点、帰属表示や盗用をめぐる懸念、人間が検証しきれない速度でAI生成の数学が公表される事態に懸念を示している。
今回の諮問委員会が「研究成果の重要性評価」「発表方法の調整」「学術的な作法への助言」を明示的な役割に掲げているのは、この声明が指摘した論点とほぼ重なる。委員を独立・無報酬とし、OpenAIへの批判も自由に公表できる運営形態を選んだことは、数学コミュニティとの摩擦を意識した設計だと言える。
検証されていない「100件超」の中身
9月21日の発表文でOpenAIが詳細を明らかにしたのは、ナビエ・ストークス方程式に関する1件のみだ。残る99件以上の問題については、分野や難易度、証明の公開有無を含めて具体的な情報がなく、外部の数学者による査読や再現の報告もまだない。懸賞問題を運営するクレイ数学研究所の規定では、受賞には論文としての公表と少なくとも2年間の検証期間が条件になっており、OpenAIが賞金を請求しない方針を示したのも、この査読プロセスを経ていないことと無関係ではなさそうだ。参考までに、同じミレニアム懸賞問題のひとつであるポアンカレ予想では、グリゴリー・ペレルマン氏の証明が数学界に広く認められるまで数年を要しており、AIが生成した証明であっても、同水準の精査が省略されるわけではない。
AI企業による数学の難問への挑戦自体は今回が初めてではない。Google DeepMindは2024年、国際数学オリンピック(IMO)の問題を扱うシステム「AlphaProof」で、6問中4問を解き銀メダル相当のスコアを得たと発表したが、この際は人間の専門家による形式証明への変換作業を経てから結果を公表していた。今回のOpenAIの発表は、その検証の手順を経る前の段階で件数を前面に出した点で性格が異なる。「解いた」という発表と、数学コミュニティが検証を終えた状態との間には、まだ大きな距離がある。





